障害年金の社会的治癒とは?初診日の考え方と認められるためのポイント
障害年金を請求する際、過去に同じ病気で通院していたことがある場合、原則として、その最初の受診日が「初診日」となります。
しかし、以前の病気がいったん落ち着き、長期間にわたって治療を必要とせず、通常の仕事や日常生活を送っていた後に再び症状が現れた場合には、「社会的治癒(しゃかいてきちゆ)」という考え方が問題となることがあります。
社会的治癒が認められると、以前の初診日ではなく、再発後に受診した日を新たな初診日として取り扱うことができます。
初診日が変わることで、障害年金の保険料納付要件を満たしたり、障害厚生年金として請求できるようになったりする場合があります。
ただし、長期間通院していなかったという理由だけで、社会的治癒が認められるわけではありません。
この記事では、社会的治癒の基本的な考え方から、初診日が変わることによるメリット、判断されるポイント、実際の裁決例、請求時に必要となる資料まで解説します。
目次
社会的治癒とは?障害年金の初診日との関係
障害年金における初診日とは、障害の原因となった病気やけがについて、初めて医師または歯科医師の診療を受けた日をいいます。
同じ病気で複数の医療機関を受診している場合には、原則として、最も古い医療機関を受診した日が初診日となります。
例えば、以前うつ病で通院していた方が、その後別の医療機関で再びうつ病の治療を受けるようになった場合、病気が継続していると判断されれば、以前の受診日が初診日となります。
一方で、以前の病気について治療の必要がなくなり、長期間にわたって通常の社会生活を送っていた後、再び発症したと認められる場合があります。
このような場合に問題となるのが、社会的治癒です。初診日の基本的な考え方や確認方法はこちらの記事でも解説しています。
■ 医学的な治癒との違い
社会的治癒は、医学的に病気が完全に治ったことと同じ意味ではありません。
医学的に完全な治癒とまではいえなくても、症状がなくなるなどして、予防的な医療を除き、その傷病の治療を必要としない状態が相当期間続き、通常の仕事や社会生活を送れていた場合には、社会保険制度上、いったん治癒したものとして取り扱うことがあります。
つまり、医学的に完治しているかどうかだけではなく、治療の必要性や社会生活の実態を踏まえて判断する考え方です。
ただし、社会的治癒が認められるためには、単に症状が軽くなったというだけでなく、相当の期間にわたって治療を必要としない状態にあり、通常の就労や社会生活を送れていたことなどが重要となります。
■ 同じ病気・相当因果関係がある病気との違い
障害年金では、診断名が異なっていても、前後の病気に相当因果関係があると認められる場合には、原則として最初の病気の初診日まで遡ります。
一方、前後の病気が別の傷病と判断される場合には、社会的治癒を問題とすることなく、それぞれの初診日を検討することになります。
社会的治癒は、同一の傷病や関連する傷病について、いったん治癒したものとして取り扱える期間があったかどうかという問題です。
そのため、過去に病気があったという事実だけでなく、その後の治療経過や再発までの生活状況を確認する必要があります。
社会的治癒を主張する目的とは?初診日が変わる3つのメリット
社会的治癒を検討するうえで、最初に確認したいのは、初診日が変わることによって、障害年金の請求にどのような違いが生じるのかという点です。
例えば、以前の初診日を「A」、社会的治癒後の新たな初診日を「B」とします。
| 確認する事項 | 初診日Aの場合 | 初診日Bの場合 |
|---|---|---|
| 保険料納付要件 | 満たしていない | 満たしている |
| 加入していた年金制度 | 国民年金 | 厚生年金 |
| 障害認定日の障害状態 | 当時は症状が軽く、認定が難しい | 再発後の状態から認定日請求を検討できる |
※それぞれ独立した仮定の例です。すべての条件が同時に当てはまるという意味ではありません。
このように、社会的治癒によって初診日の取扱いが変わると、請求の可否や対象となる年金制度、請求方法に違いが生じる場合があります。
■ 保険料納付要件を満たせる可能性がある
障害年金を受給するためには、原則として、初診日の前日において一定の保険料納付要件を満たしている必要があります。
以前の初診日Aでは保険料納付要件を満たしていなかったとしても、社会的治癒が認められ、新たな初診日Bで判断されることになれば、納付要件を満たせる場合があります。
ただし、初診日Bの前日を基準として、納付要件を満たしているかどうかは、改めて年金記録を確認する必要があります。
■ 障害厚生年金として請求できる可能性がある
障害年金には、障害基礎年金と障害厚生年金があります。
国民年金加入中に初診日がある場合には、原則として障害基礎年金の対象となり、障害等級は1級・2級です。
一方、厚生年金加入中に初診日がある場合には、障害厚生年金の対象となり、1級・2級に加えて3級も設けられています。
また、1級・2級に該当する場合には、原則として障害基礎年金に加えて障害厚生年金も支給されるため、年金額の面でも違いが生じます。
例えば、初診日Aが国民年金加入中であっても、社会的治癒後の初診日Bが厚生年金加入中であれば、障害厚生年金として請求できる可能性があります。
これは、障害の程度が2級には該当しないものの、3級に該当する可能性がある場合にも重要な違いとなります。
■ 障害認定日請求・遡及請求を検討できる可能性がある
障害年金の障害認定日は、原則として初診日から1年6か月を経過した日です。なお、1年6か月以内に症状が固定した場合などには、取扱いが異なることがあります。
以前の初診日Aから1年6か月後には症状が軽く、障害年金の等級に該当しなかった場合でも、社会的治癒後の初診日Bを起点とすると、再発後の障害状態により障害認定日請求を検討できる場合があります。
障害認定日に必要な等級に該当していたことを診断書等で確認できれば、過去に遡って年金を請求できる可能性があります。ただし、遡及して受け取れる年金には、原則として5年の時効があります。
また、新たな初診日Bをもとに定まる障害認定日の障害状態を証明できなければ、認定日請求ができるとは限りません。
認定日請求・遡及請求の仕組みについては、障害年金は過去にさかのぼって受給できる?遡及請求の仕組みで詳しく説明しています。
このように、社会的治癒を主張することには、請求上の大きな実益が生じる場合があります。
一方で、初診日は請求者が自由に選べるものではありません。
社会的治癒が認められるだけの事実関係があり、それを裏付ける資料を用意できるかどうかを確認することが必要です。
社会的治癒が判断される主なポイント
社会的治癒については、一定の期間が経過すれば自動的に認められるというものではありません。
主に、治療の必要性、症状の経過、通常の社会生活を送れていたかどうかなどを総合的に確認します。
■ 治療を必要としない状態が続いていたか
重要なのは、医師の判断や診療経過から、予防的な医療を除き、治療を必要としない状態にあったと確認できるかどうかです。
例えば、治療が終了し、薬の処方もなく、相当期間にわたって症状が落ち着いていた場合には、社会的治癒を検討する材料となります。
一方で、症状が続いていたものの、自己判断で通院を中断していた場合には、単に受診していなかったという理由だけで社会的治癒が認められるわけではありません。
薬物療法を継続している場合も、その薬が症状を抑えるための治療として必要だったのか、予防的な位置づけだったのかなど、実際の医療内容が問題となります。
■ 通常の仕事や社会生活を送れていたか
治療を必要としない状態に加えて、通常の就労や社会生活を送れていたかどうかも重要です。
例えば、長期間にわたって正社員として継続勤務し、病気を理由とする休職や特別な配慮を必要とせず、通常の業務を行っていた場合には、社会的治癒を検討するうえで参考となります。
ただし、仕事をしていたという事実だけで判断することはできません。
実際には、勤務時間を短縮していたり、病状に応じた特別な配慮を受けていたりする場合もあるため、就労の内容や継続状況も確認する必要があります。
就労状況と障害年金の関係については、働いていても障害年金はもらえる?もご参照ください。
■ 「5年程度」は一つの目安であり、絶対的な基準ではない
社会的治癒については、実務上、5年程度という期間が一つの目安として語られることがあります。
しかし、5年以上経過すれば必ず認められるという法令上の基準はありません。
実際の裁決例でも、5年以上の無受診期間があったにもかかわらず、社会的治癒が認められなかった事例があります。
反対に、期間が5年に満たないという理由だけで、一律に否定できるものでもありません。
期間の長さだけでなく、その間の医学的な経過と社会生活の実態を総合して判断する必要があります。
■ 経過観察のための通院が続いている場合
社会的治癒を検討する際には、通院が続いていたかどうかだけでなく、その受診の目的や内容を確認することが重要です。
例えば、手術後に積極的な治療が終了し、その後は定期的な画像検査などの経過観察だけを受けていた場合があります。
このような場合、経過観察のために受診していたという事実だけで、社会的治癒が必ず否定されるわけではありません。
ただし、経過観察とされていても、病状の進行を確認するために継続的な医学的管理が必要だった場合や、実際には治療が続いていた場合には、慎重な判断が必要です。
重要なのは、通院の有無という形式ではなく、当時どのような医療が必要とされていたのかという実態です。
社会的治癒の判断は傷病によって異なる
社会的治癒は、すべての病気について同じように判断されるわけではありません。
傷病の性質や症状の経過によって、確認するべき事情が異なります。
■ うつ病・双極性障害の場合
うつ病や双極性障害では、症状が軽快した後、再び悪化することがあります。
以前の治療が終了し、長期間にわたって症状が落ち着き、通常の就労や社会生活を送っていた場合には、社会的治癒を検討する余地があります。
ただし、特に双極性障害や反復性うつ病では、症状の軽快と再燃を繰り返すことがあるため、一時的に症状が落ち着いたというだけでは、社会的治癒を認めることは難しい場合があります。
継続的な治療の必要性、服薬状況、休職や復職の経過、通常勤務の継続期間などが重要となります。
■ 発達障害の場合
自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)などの発達障害は、一般に生来的な特性が関係するものですが、障害年金上の初診日が必ず出生日になるわけではありません。
知的障害を伴わない発達障害では、その症状によって初めて医師の診療を受けた日が初診日として取り扱われます。
ただし、発達障害と診断が確定した日が初診日になるとは限らず、それ以前に関連する精神症状で受診していないかも確認する必要があります。
一方で、発達障害の特性そのものは長期間にわたって持続することがあるため、通院していない期間があったとしても、社会的治癒が認められるかどうかは慎重な検討が必要です。
過去には、発達障害について社会的治癒が認められた事例もありますが、同じような経過であれば現在も必ず認められるというものではありません。
発達障害そのものの経過と、併存するうつ病などの精神疾患の経過を区別しながら、初診日の取扱いを検討することが重要です。
■ 知的障害の場合
先天性の知的障害については、原則として出生日が初診日となります。
知的障害そのものは、社会的治癒という考え方に基本的になじまない傷病です。
ただし、知的障害のある方が、その後、別の傷病を発症した場合には、その傷病について別途初診日の検討が必要になることがあります。
■ 身体疾患の場合
身体疾患では、手術後の経過、治療の終了時期、症状の安定状況、傷病の進行性などによって判断が異なります。
例えば、がんや脳腫瘍などで手術を受けた後、積極的な治療が終了し、長期間にわたって通常の仕事や日常生活を送っていた場合には、社会的治癒を検討する余地があります。
その後も定期的なCTやMRIなどの検査を受けていた場合には、検査の目的や病状の経過を確認することが重要です。
一方、病気が徐々に進行する性質を持ち、無受診期間中も症状や機能障害が継続していた場合には、社会的治癒が認められにくいことがあります。
同じ身体疾患であっても、積極的な治療が終了して安定していた期間なのか、病気が継続・進行していた期間なのかを区別する必要があります。
実際の裁決例から見る社会的治癒の判断
社会的治癒は、実際の審査において、どのような事情が重視されるのでしょうか。
ここでは、社会保険審査会の2つの裁決例から、社会的治癒の判断で重視されたポイントを紹介します。なお、裁決は個別の事情を踏まえた判断であり、すべての請求に同じ結論が当てはまるわけではありません。
■ 約3年間の通常勤務があっても認められなかった事例
令和3年8月31日裁決(令和元年〈厚〉第1492号)/棄却
この事例では、反復性うつ病の方が、復職後、約3年間にわたって通常勤務を続けていたことなどを理由に、社会的治癒を主張しました。
請求人は、同僚と変わらない勤務を行い、時間外勤務もしていたと申し立てていました。
しかし、医療記録では、その期間中も抗うつ薬による治療が継続され、処方内容の調整も行われていました。
社会保険審査会は、治療の継続状況や反復性うつ病という傷病の特性などを踏まえ、社会的治癒を認めることは困難と判断しました。
結果として、再審査請求は棄却されています。
この裁決は、通常勤務を続けていたという事実だけではなく、その期間中にどのような治療が必要だったのかが重要となることを示しています。
■ 約5年6か月の無受診期間があっても認められなかった事例
令和6年4月30日裁決(令和5年〈厚〉第201号)/棄却
この事例は、黄斑ジストロフィー(錐体ジストロフィー)による視覚障害について、社会的治癒が問題となったものです。
請求人は、約5年6か月にわたって医療機関を受診せず、その間も仕事を続け、マラソン大会に参加していたことなどを理由に、社会的治癒を主張しました。
しかし、受診を終了した理由について、医師が治療の必要がないと判断したことによるものとは認められませんでした。
また、傷病が緩徐に進行する性質を持つことや、当時から視力障害が存在していたことなども考慮されました。
その結果、社会的治癒は認められず、再審査請求は棄却されました。
この事例からは、長期間通院していなかったことや、仕事・社会生活を継続していたことだけでは、社会的治癒を認める十分な根拠にならない場合があることが分かります。
以上の裁決例を比較すると、社会的治癒については、一定の期間や就労実績だけで判断するのではなく、治療の必要性、症状の経過、傷病の性質、社会生活の実態を総合して判断することが重要だといえます。
社会的治癒を申し立てる際の資料と実務上の注意点
社会的治癒を主張する場合には、以前の治療経過と再受診に至る事情を医療記録で確認し、その間の生活・就労状況を整理することが重要です。
主に次の3点を確認します。
- 以前の受診・治療の経過(初診日A):最初の受診日、治療内容、治療が終了した時期や事情を、受診状況等証明書や診療録などの医療記録で確認する。
- 再発・再受診の経緯(初診日B):再び治療が必要となった経緯や受診日を、受診状況等証明書や診断書などの医療記録で確認する。
- 治療を必要としなかった期間の生活・就労状況:治療終了後から再受診まで、通常の仕事や社会生活を送れていたかを確認し、必要に応じて厚生年金の加入記録や勤務記録などで裏付ける。
例えば、長期間にわたって正社員として通常勤務を継続し、予防的な医療を除いて治療を必要としていなかった場合には、その経過を診療記録や年金加入記録などから確認することが考えられます。
また、手術後に定期的な画像検査のみを受けていた場合には、医療機関の記録から、服薬や積極的な治療の終了時期、その後の検査結果、病状の変化、治療再開の時期などを確認することが重要です。
この際、医師に社会的治癒が成立するかどうかという制度上の判断を求めるのではなく、当時の医学的な経過を診療録に基づいて確認することが基本となります。
社会的治癒を認めるかどうかは、提出された資料をもとに、障害年金の審査において判断されるものです。
■ 診断書・病歴・就労状況等申立書との整合性にも注意する
社会的治癒を主張する場合、以前の初診日や治療歴を省略して、再発後の受診日だけを記載すればよいというものではありません。
過去の受診歴についても事実に基づいて整理し、以前の治療がどのように終了したのか、その後の期間をどのように過ごしていたのか、再び治療を必要とするまでの経過を説明する必要があります。
また、診断書や受診状況等証明書、病歴・就労状況等申立書の内容に食い違いがある場合には、初診日の判断に影響する可能性があります。
資料を提出する前に、過去の治療歴から現在までの経過について、それぞれの記載内容を照合しておくことが重要です。
書類の役割や作成時の注意点については、病歴・就労状況等申立書の書き方や、障害年金の診断書についての記事もご参照ください。
社会的治癒を申し立てる際には、通院していなかった期間だけでなく、その間の医学的な経過と生活・就労の実態を、資料に基づいて説明することが大切です。提出前に各書類の記載を照合し、事実関係が一貫して伝わるように整理しておきましょう。
まとめ
社会的治癒は、過去に同じ病気で治療を受けたことがある場合でも、相当期間にわたって治療を必要とせず、通常の社会生活を送っていたと認められるときに、再発後の受診日を新たな初診日として取り扱う考え方です。
初診日が変わることで、保険料納付要件を満たしたり、障害厚生年金として請求できたり、障害認定日請求を検討できたりする場合があります。
一方で、社会的治癒には一律の年数基準がなく、長期間通院していなかったという理由だけで認められるわけではありません。
傷病の性質や治療経過、通常の就労・社会生活の実態、それらを裏付ける客観的な資料などを総合して判断する必要があります。
過去の治療歴があるために障害年金の請求が難しいと考えている場合でも、社会的治癒という観点から初診日の取扱いを検討できる可能性があります。
初診日によって受給できる年金の種類や請求方法が変わることもあるため、過去の受診歴や治療経過を丁寧に整理することが重要です。
参考資料
日本年金機構「初診日」
https://www.nenkin.go.jp/service/yougo/sagyo/syosinbi.html
日本年金機構「障害基礎年金の受給要件・請求時期・年金額」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/shougainenkin/jukyu-yoken/20150514.html
日本年金機構「障害厚生年金の受給要件・請求時期・年金額」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/shougainenkin/jukyu-yoken/20150401-02.html
日本年金機構「かけはし 第75号」(3~4ページ・初診日、障害認定日)
https://www.nenkin.go.jp/service/riyoushabetsu/cooperator/kakehashi/75.files/75.pdf#page=3
日本年金機構「国民年金・厚生年金保険 障害認定基準」
https://www.nenkin.go.jp/service/jukyu/seido/shougainenkin/ninteikijun/20140604.html
厚生労働省・社会保険審査会「令和3年8月31日裁決(令和元年〈厚〉第1492号)」
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/syakai/dl/05-r02_03/05_05.pdf
厚生労働省・社会保険審査会「令和6年4月30日裁決(令和5年〈厚〉第201号)」
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/shinsa/syakai/dl/05-r06/03_02.pdf
少しでもご参考にしていただけましたら幸いです。
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